原油取引に成功、着々と拡大するデジタル人民元の経済圏
2023年9月、上海石油天然ガス取引所(SHPGX)は、ペトロチャイナ・インターナショナルにより同取引所のプラットフォーム上で初めてデジタル人民元による原油取引が行われたと発表しました。実際の売主と取引価格は明かされていませんが、原油100万バレルを購入したといいます。
アメリカの米ドルのように、一国の法定通貨が世界の基軸通貨になり得る条件として国力や経済力、信用度などが挙げられますが、その一つの条件に原油取引の決済通貨として使われることがあります。これまで主要産油国の多くは、米ドルでの決済以外は認めていませんでした。
中国人民銀行が世界の中でも先んじて実証実験として発行する中央銀行デジタル通貨(CBDC)のデジタル人民元(e-CNY)が、発行から数年を経て原油取引の決済に使われたという報道は、国内外から大きく注目されるトピックとなりました。
この記事では、着々と経済圏が拡大するデジタル人民元について詳しく解説します。
利用が広がる中国のデジタル人民元とは?
デジタル人民元は、中国の中央銀行である中国人民銀行が発行する中央銀行デジタル通貨(CBDC)です。
新興国を中心に世界各国でCBDCの開発及び導入が進む中、2023年11月現在で世界第2位の経済規模を誇る中国は、世界に先んじ2014年に中国人民銀行内に専門チームを設立し、デジタル通貨の調査を正式に開始しました。
中国の中央銀行デジタル通貨(CBDC)への取り組み
中国はCBDCの実証実験段階を推進する先進国として知られており、中国の正式な法定通貨であるデジタル人民元は、実証実験が着々と進められています。
例えば、2020年4月には実証実験を深圳、蘇州、雄安新区、成都の4カ所と2022年北京冬季オリンピック・パラリンピック会場で実施することを発表、順次実験が進められ、10月には深圳市にて、デジタル人民元を抽選で5万人に1人200元(約3,200円)、計1,000万元を配布し、3,389の参加商店で利用してもらう実証実験を行っています。
同年11月、上海、海南、長沙、西安、青島、大連の6カ所を実証実験エリアとして追加し、12月、蘇州で利用実験を実施しています。抽選で市民10万人に1人200元(約3,200円)相当のデジタル人民元を配布し、1万以上の参加商店、大手ECサイト京東集団(JD.com)のオンラインショッピングで利用してもらう実証実験を行いました。併せてオフライン決済機能も新設しています。
デジタル人民元に関する白書を公開
2021年7月、中国人民銀行は実証実験におけるデジタル人民元(e-CNY)のこれまでの成果をまとめた「Progress of Research & Development of E-CNY in China(中国におけるE-CNYの研究開発の進展)」なる白書を公開しました。
白書ではデジタル人民元発行の目的は、現金の形態を多様化し、金融包摂に貢献すること、リテール(一般小売り)決済サービスの公正な競争、効率性、安全性に貢献すること、そして国際機関とともに、クロスボーダー決済の改善方法を模索することと述べています。
中国では現金を使った取引の割合が近年減少しています。中国人民銀行が2019年に実施した調査によると、モバイル決済による取引は全体の59%を占め、現金で支払ったものは16%、カードで支払ったものは23%。調査対象者のうち、46%は調査期間中まったく現金を使用しなかったという調査結果を公表しています。
デジタル人民元の定義
デジタル人民元は従来の人民元の紙幣・硬貨と同様の中国の法定通貨という位置づけです。デジタル人民元は、価値ベース、準口座ベース、口座ベースのハイブリッド決済手段であり、貨幣の基本的な機能をすべて備え、法定通貨としての地位と緩やかな口座との連携を持ちます。
デジタル人民元は、集中管理モデルと二層運用システムを採用しています。集中管理モデルとは、デジタル人民元の発行権が国家に属するという形です。中央銀行である中国人民銀行がデジタル人民元の運用システムの中心に位置し、発行量を把握します。
中国人民銀行は、商業銀行である認定業者にデジタル人民元を発行し、デジタル人民元のライフサイクル全体を管理します。
一方で、デジタル人民元を交換し、一般に流通させるのは、「第2層」となる認定業者やその他の商業機関です。デジタル人民元は主に流通現金の代替品であり、既存の人民元と共存します。ちなみに流通現金とは、マネタリーベースを指します。マネタリーベースとは、「中央銀行が供給する通貨」のこと、具体的には市中に出回っているお金のことを指します。
中国人民銀行は、デジタル人民元と従来の人民元である貨幣や硬貨を並行して発行し、日々のデータ収集、分析、管理において両者を考慮します。
CBDCは、利用者と目的によって分類すると、ホールセール(企業や自治体、機関投資家などを相手に金融業務を行うこと)とリテール(個人や中小企業などを相手とした小規模な取引を行うこと)の2種類に分けることができます。
ホールセールCBDCは、主に商業銀行などの機関向けに発行され、大口決済に利用されます。一方、リテールCBDCは、日常的な取引のために一般消費者向けに発行されます。CBDCの開発は、ホールセール取引に重点を置く国もあれば、リテールシステムの効率改善に専念する国もあり、国や経済圏によってCBDC開発の優先順位は異なります。
デジタル人民元は、一般消費者向けに発行されるリテールCBDCです。
デジタル人民元はリテールCBDC(デジタル法定通貨)として、国内のリテール決済需要に対応しています。つまり、従来の人民元と同じように日常のお金として使うことができます。
中国の近代的な国内決済システムにより、デジタル人民元の発行は国民の日常的な決済ニーズを十分に満たし、リテール決済システムの効率をさらに向上させ、小売決済のコストを削減します。
デジタル人民元の特徴
デジタル人民元は、従来の人民元と同様に扱われます。また口座(ウォレット)内のデジタル人民元には利息は付きません。国によっては従来の現金は銀行における両替等で手数料が発生することがありますが、デジタル人民元において中国人民銀行は公認業者に対して人民元との両替・流通サービスの料金を請求しておらず、公認業者もデジタル人民元の両替について個人顧客に料金を請求していません。
デジタル人民元は、「少額決済は匿名、高額決済は追跡可能」という原則に従い、個人情報保護とプライバシー保護を重視しています。従来の電子決済に比べて取引情報の収集が少なく、法令に別段の定めがない限り、第三者や他の政府機関に情報を提供することはありません。
内部的には、中国人民銀行はデジタル人民元関連情報のためのファイアウォールを設置し、情報管理担当者の任命、デジタル人民元と他の業務との分離、段階的認可制度の適用、チェック・アンド・バランスの設置、内部監査の実施など、情報セキュリティとプライバシーに関するプロトコルを厳格に実施しています。恣意的な情報の要求や使用は禁止されています。
また、デジタル人民元は、電子証明書システム、電子署名、暗号化保存など様々な技術を採用し、二重支出、不正な複製や偽造、取引の改ざん、否認を不可能にしています。
デジタル人民元は、ビジネスモデルの革新を促進する機能を備えています。通貨機能を損なわないスマートコントラクトを導入することで、両者間で合意された事前定義された条件や条項に従って自己実行する支払いが可能になります。
デジタル人民元が創る未来の決済システム
将来のデジタル決済システムでは、デジタル人民元と認定事業者のデジタル口座の資金は相互運用可能であり、両者とも流通現金となります。つまり、○○ペイといったようなデジタル口座の資金とデジタル人民元は共存が可能になります。
コンプライアンス要件(マネーロンダリング防止やテロ資金対策に関する要件を含む)や、包括的かつ継続的なリスク管理に関する規制要件を満たす商業銀行や認可を受けたノンバンクの決済機関は、中央銀行の承認と支援に従ってデジタル人民元決済システムに参加することができ、既存の決済インフラやその他のインフラをフルに活用しながら、顧客にデジタルリテール決済サービスを提供することができるようになります。
国際社会での役割
デジタル人民元は、国際的な役割としてクロスボーダー決済の改善を模索することを念頭においています。クロスボーダー決済には、通貨主権、為替政策や取り決め、規制やコンプライアンスなど様々な複雑な問題が絡んできますが、それは国際社会が取り組むべき課題でもあります。
ある国の通貨の国際的地位は、その国の経済ファンダメンタルズと金融市場の深さ、効率性、開放性によって決まります。
技術的には国境を越えた使用は可能ですが、デジタル人民元は現在のところ、主に国内のリテール決済用として設計されています。しかし今後は、中国人民銀行はG20やその他の国際機関の国境を越えた決済の改善に関するイニシアチブに積極的に対応し、国境を越えたシナリオにおけるCBDCの適用可能性を探っていくことも目標としています。
中国国内での試行経験や国際的な需要に基づき、また、通貨主権とコンプライアンスを相互に尊重することを前提条件として、中国人民銀行は、試験的なクロスボーダー決済プログラムを検討し、「不利益のない」「コンプライアンス」「相互接続性」の原則に沿って、関連する中央銀行や通貨当局と協力して、デジタル不換紙幣に関する交換取り決めや規制協力メカニズムを構築する予定であるとも公言しています。
デジタル人民元の課題
CBDCの意味とデジタル人民元システムのリスク軽減戦略リテールCBDCの影響については、国や機関によって様々な見解があります。
中央銀行が発行するリテールCBDCは金融ディスインターメディエーション(中央銀行と消費者がインターネットで直結されて生じる仲介業者排除)を引き起こし、金融政策を弱め、商用銀行における銀行取引を悪化させる可能性があり、それが最も大きな課題であるという意見も多く聞かれます。
リテールCBDCの研究・設計スキームが金融政策や金融の安定に与える影響は、国によってもそれぞれ異なる可能性があるため、中国人民銀行はトップレベルの設計を通じてリテールCBDCのリスクを軽減し、潜在的な影響を防止することを重視しています。
デジタル人民元に関する研究が開始されて以来、中国人民銀行は、リテール人民元建て決済が金融システム、金融政策、金融市場、金融安定などに与える影響に細心の注意を払ってきました。
デジタル人民元は公共料金の支払い、ケータリングサービス、交通機関、ショッピング、政府サービスなどで利用されています。2023年7月の報道によると、デジタル人民元を使った取引は6月末時点で1兆8000億元(37兆5000億円)と2022年8月の1000億元から急増しました。流通額は165億元、取引件数は9億5000万件に上ったそうです。
また、地方政府の支援を受けて、一部の都市でデジタル人民元を消費者に配布しました。いくつかのパイロット・テストは実際のユーザーを対象とし、異なるシナリオの下で実施されました。
テストでは、デジタル・デバイド(情報通信技術を利用できる者とできない者との間に生じる格差)を解消するため、スマートフォン不要のハードウェアウォレットについてもテストが行われました。
デジタル人民元は、2022年冬季オリンピック・パラリンピック北京組織委員会の敷地内で、無人自動販売車、自動販売機、無人スーパーマーケットなど、革新的なシナリオが試験的に展開され、・手袋、バッジ、決済機能付きオリンピック・ユニフォームなどのウェアラブル・デバイスも開発されました。
パイロット・テストに参加したほとんどのユーザーは、デジタル人民元が決済効率の向上とコスト削減に役立つことに同意し、一般市民、零細・小規模業者、企業は、デジタル人民元の利便性と包括性を認めていると中国人民銀行はまとめています。
まとめ
中国のGDPや輸出の対世界シェアは拡大を続けており、世界における中国の経済的プレゼンスは高まっています。これまでも人民元建てCIPS(RMB Cross-Border Interbank Payment System)の稼働(2015年)、IMFの特別引出権(SDR)への人民元の採用(2016年)など、人民元の国際化に向けた動きがみられました。
しかし、現状、CIPSの取引数は国際銀行間通信協会SWIFT(Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunication)に遠く及ばず、SWIFTの通貨別シェアを見ても人民元のシェアは2%、中央銀行の外貨準備における通貨別シェアを見ても1.9%に過ぎず、いずれも国際通貨の米ドルに大きく水をあけられています。
ただし、デジタル通貨は迅速な決済を可能とすることから、「一帯一路構想」関係国においてデジタル通貨決済を推し進めることで、これまでの人民元国際化の動きを加速させる可能性もあるという意見も少なくありません。
そうした中で、中国人民銀行は主要な問題に関する研究を強化し、デジタル人民元が金融政策、金融システム及び金融の安定に与える深い影響についての分析を深めています。さらに中国人民銀行は、国際的な意見交換の場に積極的に参加し、オープンで包括的な方法で基準設定について議論しています。
法定通貨のデジタル化については各国でも議論が活発になってきており、先行する中国でのデジタル人民元については、今後も動向を注視することが必要になるでしょう。
デジタル人民元や中央銀行デジタル通貨について詳しく知りたい方は「世界中で本格化!中央銀行デジタル通貨(CBDC)とは?」、「ビットコイン価格と中国情勢の関係を解説」もご参照ください。
※掲載されている内容は更新日時点の情報です。現在の情報とは異なる場合がございます。予めご了承ください。
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