マウントゴックス事件とは?ビットコインが消失した事件の全貌を知る
2014年に、暗号資産交換業者マウントゴックスで大量のビットコイン(BTC)が盗まれた「マウントゴックス事件」は、暗号資産(仮想通貨)業界を驚愕させたかつてない大事件でした。当時、世界最大級の暗号資産交換業者であったマウントゴックス(Mt.GOX)社のサーバーが何者かによってハッキングされ、同社のビットコインと預かり金の大半が流出してしまったのです。その額は、当時の市場価格にして470億円相当の被害額になり、マウントゴックス社にビットコインを預けていた127,000人の顧客が被害を受けました。
この事件が大打撃となり、マウントゴックス社はまもなく破綻に追い込まれました。さらに、ハッキング後にマウントゴックス社の元CEOが逮捕されるなど、異例の展開になりました。その後、事件の真相解明と被害者に対する救済は、長きにわたって行われています。
マウントゴックス事件は、暗号資産の安全性、信頼性を考えるきっかけにもなりました。この事件を受けて、日本では利用者保護の観点から暗号資産に関する法が整備されることになりました。暗号資産交換業者に金融庁の登録が必要になったのも、この事件を契機としています。
はたしてマウントゴックス事件とは何だったのか。この記事では、事件の全貌を解説していきます。
マウントゴックス事件とは
2014年当時、日本を拠点としていたマウントゴックス社は、紛れもなく世界最大級の暗号資産交換業者でした。マウントゴックス事件と呼ばれるようになった当該事件は、ハッキングが明らかになる前にもいくつかの問題が起きていました。
ビットコインの出金が突如停止
マウントゴックス社は、2014年2月7日(日本時間)に突如、ビットコインの出金を停止し、25日にはすべての取引も停止しました。
2月7日からの出金停止について同社は、ビットコインに「トランザクション展性(Transaction Malleability:トランザクションIDを書き換えられてしまう脆弱性)に起因する問題が生じている」と発表。マウントゴックス社は、この問題に関して、ビットコインコア開発メンバーらと協力していると説明しました。
この時点では、ビットコインの流出については、はっきりしていませんでした。
同社はトランザクション展性を起因とする問題について対応していると発表しましたが、ビットコインコミュニティはその発表に対して懐疑的な意見をする者もみられました。しかし、同様の問題が2月11日にスロベニア共和国の暗号資産交換業者Bitstamp社にも起きたことから、マウントゴックス社が説明する問題は実際に発生しているとの見方が強まりました。
その後、この問題に対処したBitstamp社は、2月15日にビットコインの出金を再開しています。また、マウントゴックス社も2月17日に出金を再開すると発表しました。
しかし、マウントゴックス社は発表どおりに取引を再開することはなく、2月25日にはすべての取引を停止しました。
そればかりか、取引停止後にマウントゴックス社はWebサイト上のコンテンツを削除し、同社のTwitter(現X)アカウントのツイートも削除しています。マウントゴックス社の当時のCEOであるマルク・カルプレス氏は、同時期にビットコイン財団の役員も辞任しました。これは、交換所を閉鎖する準備だったとみられています。
その後、マウントゴックス社は最低限のWebサイトを再開するも、カルプレス氏は日本に滞在し、事態の収束を図るために奔走しているとの一点張りでした。明確な状況が説明されず、ハッキングや資金の流出については依然はっきりしませんでした。
詳細な内容が語られる怪文書
事件後、インターネット上にマウントゴックス社の状況について詳細な記述が含まれている「Crisis Strategy Draft」と題された怪文書が公開されます。
その文書には、マウントゴックス社はトランザクション展性という脆弱性に関連したハッキングにより、気がつかないうちに過去数年間で約75万BTCを失っていたと書かれていました。この時点ではじめてビットコインが流出したという情報が出てきました。
カルプレス氏はこの文書はマウントゴックス社とは無関係であると主張しています。内容の真偽については誰も確かめることはできませんが、内部事情に詳しい人物が公開したとも考えられています。
民事再生手続開始で事件が公に
2月28日、マウントゴックス社が東京地方裁判所(東京地裁)に民事再生手続開始の申立を行ったことで、ニュースとしてこの問題が広く報じられるようになりました。
この申立により、マウントゴックス社が債務超過の状況にあることがわかりました。この時点でマウントゴックス社の資産総額は約38億円、流動負債総額は約65億円だと説明されています。
流動負債が増大した背景にはビットコインと預り金の消失がありました。ビットコインの消失は、システムのバグを悪用した不正アクセスが原因で、顧客が保有する約75万BTCと自社保有分約10万BTCが消失したとマウントゴックス社は述べています。当時の市場価格にして、470億円相当の被害額になりました。
また、顧客からの預り金を管理している金融機関の実際の預金残高が、最大で28億円相当不足していることが判明しました。
残高不足については、過去の膨大な取引を調査する必要があるため、問題の原因はおろか、消失したビットコインの総数や不足している預り金の正確な金額も確定できていないと説明されました。
マウントゴックス社は、こうした理由から平常の事業運営が困難であると判断し、全面的にビットコインの取引を停止したとしています。
なお、東京地裁はこの事件を明るみにした民事再生法適用申請を棄却し、資産保全命令を出しました。その後2014年4月24日、マウントゴックス社については破産手続開始が決定され、2018年に民事再生法手続きに移行しています。
このようにして「マウントゴックス事件」と呼ばれるようになる一連の出来事が、交換業者の破綻によってビットコインの流出事件として公になりました。
世界最大級の暗号資産交換業者マウントゴックス(Mt.GOX)
マウントゴックス社の破綻後や事件の真相について知る前に、そもそもマウントゴックス社とは何だったのかを振り返ります。会社の成り立ちから、当時の世界最大級の暗号資産交換業者に成長したまでの流れを確認してみましょう。
マウントゴックス社は、実は「Magic: The Gathering Online eXchange」の略称です。世界中で大ヒットしているトレーディングカードゲーム「マジック:ザ・ギャザリング(Magic:The Gathering)」の交換所として、後にリップル社やSDF(ステラ開発財団)を創設するジェド・マケーレブ氏によって2009年に東京で設立されました。
マケーレブ氏がビットコインに可能性を見出したことで「マジック:ザ・ギャザリング」のトレーディング事業を行うことなく、2010年にビットコインの交換業者へと事業転換しました。その後、2011年3月に同社はマルク・カルプレス氏に売却されます。
そして、経営を引き継いだ同氏の下でマウントゴックス社は急成長を遂げ、2013年4月には世界のビットコイン取引量の70%を占めるまでになりました。
なお、マウントゴックス社の運営会社自体は日本にありましたが、顧客127,000人のうち日本人は1,000人程度であり、顧客の大多数は海外の利用者でした。
資金繰りに懸念?犯人が判明?
マウントゴックス社が2014年に閉鎖される以前から、資金繰りについて懸念する声がありました。
2011年6月19日に、マウントゴックス社はハッキングによって875万ドル以上の被害を出していました。さらに、2012年から2013年にかけては、同社が資金の払い込みのために利用していた日本や海外の口座が凍結されています。
2013年2月には、米財務省でマネーロンダリング等の金融犯罪捜査を担当する金融犯罪取り締まりネットワーク(FinCEN)が、暗号資産交換業者の運営には国際送金事業の登録を必要とするガイドラインを公表しました。それにより米国土安全保障省は、マウントゴックス社が米ドル決済に利用していたP2Pの決済システム「Dwolla」の口座を凍結しました。これは、当時傾いていたらしいマウントゴックス社の経営に、さらなる悪影響を及ぼしました。
マウントゴックス社は米ドルでの業務を再開するために、米国デラウェア州にて国際送金事業の登録を行い、FinCENのガイドラインに対応します。しかし、この時期のマウントゴックス社は、口座凍結などが影響して、取引の一時停止や金銭払戻しの一時停止などが頻繁に発生するようになっていました。
こうした状況にあったマウントゴックス社は、事件が発覚した2014年4月24日に破産手続きを行うことになります。
それから1年以上が経ち、2015年8月1日にカルプレス氏は、自身の口座のデータを改竄し残高を水増しした疑いで、私電磁的記録不正作出・同供用容疑により逮捕されました。また、同月21日には顧客からの預かり金3億2100万円を着服したとして業務上横領の容疑で再逮捕、起訴されています。
しかし、この件に関してマルク・カルプレス氏側は無罪を主張し、徹底抗戦しました。カルプレス氏は2016年7月14日に、保釈保証金1000万円を納付して東京拘置所から保釈されます。
ロシア人ハッカーが逮捕
一連の事件とは別に2017年7月26日、米検察当局は40億ドル以上のマネーロンダリング(資金洗浄)に関与したとして、暗号資産交換業者BTC-eの運営者とされるロシア人のアレクサンダー・ヴィニック氏を逮捕、起訴しました。
さらに2023年6月、米司法省はヴィニック氏とともにBTC-eを運営していたアレクセイ・ビリュチェンコ氏とアレクサンドル・ヴェルナー氏を起訴します。両被告はマウントゴックスのサーバーのハッキングに関与し、盗んだ64万7000BTCを資金洗浄した罪に問われました。
報道によると米当局は、ヴィニック氏やビリュチェンコ氏がハッキングによりマウントゴックス社から資金を「入手」し、BTC-eと自身らがもつ別の交換業者を通じて資金洗浄した疑いで、マウントゴックス社の破綻にも関係している人物とみています。
2019年3月、東京地裁はマルク・カルプレス氏の私電磁的記録不正作出・同供用罪に対して懲役2年6月、執行猶予4年の有罪判決と、業務上横領について無罪の判決を出ししました。検察側は控訴せず、横領に関しては無罪が確定しています。
マルク・カルプレス氏は2020年6月11日、私電磁的記録不正作出・同供用罪について控訴するも、東京高裁は控訴を棄却しました。また、2021年1月27日に最高裁がカルプレス氏の上告を棄却し、懲役2年6月、執行猶予4年が確定しています。
結果、マルク・カルプレス氏は私電磁的記録不正作出・同供用罪以外については無罪を勝ち取りました。
<マウントゴックス事件の概略>
2009年 | ジェド・マケーレブ氏が前身のマジック:ザ・ギャザリングの交換所を設立 |
---|---|
2011年3月 | マルク・カルプレス氏に事業売却 |
2011年6月19日 | 875万ドル以上のハッキング |
2011年8月 | Mt.GOX社を設立 |
2014年2月7日 | ビットコインの出金を停止 |
2014年2月25日 | ビットコインの取引を全て停止 |
2014年2月28日 | 民事再生手続開始の申し立て(事件が公に) |
2014年4月24日 | 破産手続きを開始 |
2015年8月1日 | カルプレス元CEOが逮捕される |
2017年7月26日 | マウントゴックス社をハッキングした容疑でロシア人男性が逮捕 |
2018年6月22日 | 破産手続きを民事再生法手続きに移行 |
2019年3月15日 | カルプレス氏の業務上横領に無罪判決 |
2021年1月17日 | 最高裁で私電磁的記録不正作出・同供用罪のみ有罪判決 |
事件による暗号資産(仮想通貨)市場の変化
当時、ビットコインや預り金の流出と最大規模の交換業者の閉鎖のみが大きく報道され、事件の全貌や本質が正しく語られなかったことからビットコインの信用やイメージが損なわれました。実際、この事件をきっかけに投資家が市場から撤退し、一時的に価格が暴落しています。
初期には、ビットコインそのものの仕組みに問題があるのではないかとも噂されました。しかし、事件の詳細が明らかになるにつれ、交換業者側の管理体制の不備が事件の根本的な問題であると示され、ビットコインは再び元の価格に戻っていきます。
当時の主要交換業者も共同で声明を発表し、マウントゴックス事件は単なる顧客の信頼を裏切った同社の経営体制の問題であり、ビットコインを始めとする暗号資産の問題ではないことを強く訴えました。こうした業界が団結をする動きが生まれ、結果的にはビットコインの信頼獲得に繋がったともいえるでしょう。これにより、ビットコインやブロックチェーンの堅牢性は逆に強固であることを理解する人々も増えました。
また、長く続いたマウントゴックス事件も現在は終息しつつあります。
2017年頃からのビットコインを始めとする暗号資産の多くは高騰し、破産後のマウントゴックス社の主な保有資産であるビットコイン14万1686BTC及びビットコインキャッシュ14万2846BCHは、当時の時価総額にして2000億円超となりました。そのため、2018年6月22日に破産手続きから、債権者がビットコインでも配当を受け取れる民事再生法手続きに移行することが東京地裁に認められました。それにより、マウントゴックス社は再生計画案提出へと進展し、現在も同社Webサイトを中心に財産管理、債権調査等の再生手続が遂行されています。
弁済が一部開始
マウントゴックス社が破産してから約10年が経過した2023年12月、債権者が円建てによる弁済を受け始めたことが報道されています。
ソーシャルメディアのRedditにも、マウントゴックス社の債権者とされるユーザーから日本円で振込があったという情報が続々と寄せられました。
マウントゴックス社の再生管財人は、2023年11月21日に債権者に対し、弁済の開始に関するメールを送信しており、2024年10月末までに弁済を完了させると公表しています。
ただし、2023年12月時点での弁済は、現金償還を選択した人に限定されている模様です。マウントゴックスの再生管財人は弁済に先立ち必要な確認や暗号資産交換業者等との協議、連携に時間を要していることで弁済が遅れていることを公開しており、実施可能な債権者から順次送金しているようです。
まとめ
マウントゴックス事件は、各国の規制当局や中央銀行が警告していたように、ビットコインや預り金に投資家保護のための公的規制がかかっていないリスクが如実に現れたといえるでしょう。
しかし、事件をきっかけに各国当局では法の整備が急務となり、結果として世界各国が真剣に暗号資産(仮想通貨)について捉えるようになりました。日本においては、2017年4月1日に、改正資金決済法が施行され、同法において「暗号資産」とは何かが法令でも定義されました。また、その後、暗号資産交換業は国の登録が必要になり、消費者保護の観点からの規制が入るなど、さまざまな法律が整備されるようになりました。それにより、多くの人が暗号資産の安全性について考えるようになったといえるでしょう。
こうしてビットコインを始めとする暗号資産は、マウントゴックス事件をきっかけにして「怪しい」という誤解を払拭し、健全な金融商品の一つとして認知されるようになりました。
事件をきっかけに整備された改正資金決済法については「暗号資産(仮想通貨)の法律改正を解説」をご参照ください。
※掲載されている内容は更新日時点の情報です。現在の情報とは異なる場合がございます。予めご了承ください。
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